BROOCHブローチ時計・宝石修理工房 > ブログ > 大山店 > 時を装う、あるいは人生の句読点について
スタッフブログ

「時間は平等に流れる」などという言葉があるが、あれは嘘だ。

Disguising the time

忙殺されている時の五分と、心待ちにしている誰かを待つ五分。あるいは、白磁の壺の柔らかな曲線を眺めている時のひととき。それらが同じ尺度で測れるはずがない。物理的な一秒は等しくとも、我々が咀嚼する「人生の時間」というやつは、実に伸縮自在で、ひどくわがままなものなのである。
だからこそ、大人は時計を持つ。それは単に正確な時刻を知るための道具ではない。自分という人間が、今どの地点に立ち、どのようなリズムで呼吸をしているか。それを確認するための「精神の計器」のようなものだ。
私は、自分の時間を測るものとして、一本のサントスを選んでいる。

この時計のスクエアな造形には、発明という名の「初期衝動」が宿っている。かつて、飛行家サントス=デュモンが、操縦桿から手を離さずに時間を確認したいと願ったあの切実な情動。その純粋な意志が、ベゼルのビス一本一歩にまで染み込んでいる。
手首に伝わる金属の重みは、不思議と心を静めてくれる。ふとした瞬間に袖口から覗くその顔(ダイアル)を見るたび、私はそこにある「記念」を思い出す。それは何かの達成であったり、あるいは守るべきものが増えた日の記憶であったりする。
時計を身につけるという行為は、いわば人生の原稿に「句読点」を打つ作業に似ている。

ただ流されていく時間に、自分なりの節目をつくること。

お気に入りの一杯の珈琲を淹れる朝の数分や、子供たちの寝顔を眺める夜の静寂。そんなかけがえのない時間を、このサントスCartier)とともに刻んでいく。
デジタルの無機質な数字に追い立てられるのではなく、精巧な機械が奏でる微かな鼓動とともに時を刻む。それこそが、現代におけるささやかな、しかし最も贅沢な「抵抗」ではないだろうか。さて、貴方は今日、どんな計器でご自身の時間を測られるのだろうか。

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作成者:N

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